こんなときにも教育者(パート4)

こんなときにも教育者:シリーズNo.16 情報の変容
 社会心理学者たちが,今回の震災で危惧しているのが,デマやパニックです。私たちは,過去にもデマやパニックで多くの苦い経験をしてきてしまいました。デマやパニックの危険性等については,日本の社会心理学者たちが有用な情報提供や提言をしていますので,そちらを参照してください。
https://sites.google.com/site/jsspjishin/

 ここでは,情報の伝達について説明します。たとえば,「原子力発電所地震の被害は最小限だったが,地震によって引き起こされた津波によって,一部制御不能となる程度の被害を受けた。作業にあたっていた自衛隊員が被爆し,負傷した。」という情報があるとします(あくまでも,例です。この例が事実かどうかを問題としないでください)。クラスのみんなは,この情報を別の人に伝えるとき,どのように伝えると思いますか?
 おそらく,「原子力発電所地震の被害は最小限だったが,地震によって引き起こされた津波によって,一部制御不能となる程度の被害を受けた。作業にあたっていた自衛隊員が被爆し,負傷した。」と,オリジナルな情報そのまの形で伝達することはほとんどないのではないでしょうか?
 つまり自分なりに「情報を編集して伝達しよう」とするでしょう。そうなのです。情報は伝達の過程で変容することがあるのです。
 なぜ,このような変容が起こるのでしょうか?いろいろな解釈が可能です。ひとつは,人間の情報処理能力には限界があるという説明です。人間の情報処理能力は非常に優秀なのですが,でも,一度に処理できる情報量は限られていると考えることができます。ミラーという心理学者(?)は,人間の情報処理量は7つ程度(プラスマイナス2)くらいが限度であることを示し,マジカルナンバー7プラスマイナス2と呼びました。
 「原子力発電所地震の被害は最小限だったが,地震によって引き起こされた津波によって一部制御不能となる程度の被害を受けた。作業にあたっていた自衛隊員が被爆し,負傷した。」というオリジナルな情報も,そのままでは情報量が多すぎて,いっぺんに処理できなくなります。そこで,いっぺんに処理できるような程度まで情報量を抑えようとする働きが生ずると考えられるのです。
 この情報変容の過程では,不必要な情報が欠落していく傾向があります。この例の場合,「地震の被害は最小限だった」という情報より,「津波によって一部制御不能となる程度の被害を受けた」という情報のほうが貴重です。ですから,次の人に伝達するとき,「地震の被害は最小限だった」という部分が欠落する可能性が高くなるのです。
 また,情報変容の過程で,強調化という働きが見られることがあります。たとえば,「一部制御不能となる程度の被害」という部分が強調され,「制御不能」として伝達したり,「ものすごい被害」という形に変容したりしていくと考えられます。
 さらに,情報の編集においては,「つじつまをあわせていこう」という働きがうまれます。フェスティンガーという社会心理学者は,人間には複数の認知的な要素のあいだに矛盾のない一貫した関係を求めようとする強い傾向があることを示し,「     」を提唱しました。たとえば,「オレは強い」という自分にかんする認知と「オレは余震におびえている」という認知は一貫していません。この状態が不協和です。すると,緊張が生ずるので,この緊張を解消しようとする力がうまれます。具体的には,どちらかの認知要素を変えようとします。たとえば,「オレはじつは弱虫だった」と認知するようになれば,「オレはじつは弱虫だった」という認知と「オレは余震におびえている」という認知は相互に一貫して協和状態になりますから,安定します。あるいは,「強い人でもおびえるくらい今回の地震は強力だ」と認知しなおせば,「オレは強い」という認知を変更しなくても協和するようになります。
 例に戻ります。「大規模な事故が起きた」という認知と「被爆や負傷の程度は軽微だった」という認知は不協和をもたらすといえましょう。「大規模な事故で,重度の被爆や負傷」という認知的な要素の関係のほうが協和的になります。したがって,「作業にあたっていた自衛隊員が被爆し,負傷した」という情報が,「作業にあたっていた自衛隊員が大量に被爆し,重傷となった」と変容してしまう可能性があります。
 すると,「原子力発電所地震の被害は最小限だったが,地震によって引き起こされた津波によって,一部制御不能となる程度の被害を受けた。作業にあたっていた自衛隊員が被爆し,負傷した。」というオリジナルな情報が,「原子力発電所地震でかなりの被害を受け,自衛隊員が大量に被爆し,重傷となった」と変容して,伝達されていってしまう可能性もあるのです。
 さらに,情報を伝える側が情報を編集するだけでなく,情報を受け取る側の要因もあります。人は情報を受け取るとき,自分の考えやこれまでの情報と矛盾するような情報を無視したり,重要性を低めたりして理解していく傾向があるのです。バートレットという心理学者は「幽霊の戦い」という物語を記憶してもらい,想起してもらいました。すると,矛盾やありえないことが起こっていたオリジナルの物語を,多くの人はつじつまがあうように変容して思い出して(再生して)いたのです。この結果から,バートレットは,人は情報処理の過程で,スキーマ(認知の枠組みといった感じかな)を用いてその情報を理解し,再構成して記憶すると主張しています。
 このように,情報は伝達の過程で,大きく変容することが示されていますし,この変容には,伝達者側の要因と,情報を受け取る側の要因が組み合わさっているのです。クラスのみんなは,きちんとオリジナルな情報にあたって確認すること,そして,情報を伝達するときの歪みや偏りに注意して,正確な情報を伝達することを心がけてください。もちろん,ぼくの「こんなときにも教育者シリーズ」も,情報を大幅に編集していますから,信じないで,自分でオリジナルな情報にあたって確認してくださいね。